忠犬ハチ公が好きだったと言われる●●、最後の晩餐も●●だった!?
2025.05.29
飼い主亡き後も毎日駅まで迎えに出た秋田犬の”ハチ”。
おぼろげながらでも大体のお話内容を知っている方も
多いのではないでしょうか。
当時の国内では学校教育でもこのお話を伝え
「恩」を忘れる事が無い様教育がされていたようです。
勿論、こう言ったお話になると
賛否両論が出ていたと言い
”犬の世界に「恩」と言う観念は存在せず、
主人に対する深い愛情である”
であったり、
”(このお話を通じて)全国の子供たちが大変犬を
可愛がるようになったことは、
その効果絶大なものであった”
と言う方もおり、
日本国内で大変注目された犬のお話であった事が伺えます。
その”ハチ”ですが、
1935年に亡くなってしまったのですが
死因はフィラリアと老衰だと言われています。
ただ、その解剖に同席した剥製師の証言によると
ハチの胃の中から何本かの焼き鳥の串が発見されたそうで、
これがその死を早めた。と言う説もあるそうです。
”ハチ”の焼き鳥好きは生前から噂になっていたそうです。
(犬の帝国 幕末ニッポンから現代まで より参照)
焼き鳥好きな秋田犬。と言う捉え方としてはほのぼのするのですが、
上記の話を想像するに、少し痛々しく感じてしまいますね。
しかも、調べる文献によって変わるのですが、その串は”竹”だった説や、”鉄”だった説が存在し
串と一緒にそのまま平らげた事は間違いないでしょうね。
生前である1934年、渋谷駅前にハチの銅像が建ち、一躍時の犬になり
色んな人から可愛がられた結果起こってしまった(もしかすると)悲劇かも知れませんね。
ハチにとって最善な犬生の過ごし方とは何だったんだろう?とふと思ってしまうエピソードでした。
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